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中国のワンダが撮影スタジオを売却へ。“東のハリウッド”は短い夢で終わった

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
2013年、青島スタジオの建設を祝うイベントに現れたディカプリオ(写真:ロイター/アフロ)

 急に燃え上がった恋は、冷めるのもあっというまだった。

 ここ2年ほど、中国企業、とくに大連万達(ワンダ)グループは、ハリウッドに取り憑かれ、映画館チェーンや製作会社を次々に買収してきた。だが、今年に入り、突然、その熱は冷める。昨年、ワンダが相場以上の10億ドルで買収したTVプロダクション会社ディック・クラーク・プロダクションズ(DCP)は、結局、今年3月になって買収不成立に。さらに今になって、ワンダが誇りをかけた一大プロジェクトである青島の巨大な映画撮影スタジオが、売却される方向であることがわかったのだ。

  世界最大の2.5エーカー(約3,061坪)規模のものを含め、30のサウンドステージをもつ青島オリエンタル・ムービー・メトロポリスの建設計画をワンダが発表したのは、2013年のこと。ここを“東のハリウッド”にする野望を表明するレッドカーペットイベントには、ニコール・キッドマン、レオナルド・ディカプリオ、ジョン・トラボルタ、ケイト・ベッキンセールらが出席した。さらに、昨年10月には、ハリウッド関係者に直々の誘致をかけようと、ワンダのトップ、王健林がL.A.を訪れている。マット・デイモン、エリック・ガーセッティL.A.市長、アカデミーのプレジデントであるシェリル・ブーン・アイザックスらがスピーチを行ったこの席で、王健林は、青島のスタジオで撮影する作品に40%のリベートを支払うと発表した。このお金は、ワンダと地方政府の懐から出るという。 税金優遇制度をもって撮影を誘致する州はアメリカ国内にいくつかあるが、40%というのは、桁外れである。

 それでも、ハリウッドのプロデューサーたちは飛びつかなかった。 建築工事の間にも、早々と一部をオープンしたが、現在までにここで撮影されたのは、「グレート・ウォール」と「パシフィック・リム」続編だけだ。いずれもワンダが昨年1月に買収したレジェンダリー・ピクチャーズの作品である。やはりレジェンダリーの 「GODZILLA ゴジラ」続編もここで撮影される予定だったが、結局はアトランタになった。監督が中国人である「グレート・ウォール」はともかく、 現地のクルーとうまくコミュニケーションが取れるのか、やり方が違って困ることはないのか、エキストラが簡単に見つかるのかなど多数の不安材料に加え、場所的に非常に遠いという事実も、躊躇の要因になったと思われる。国内作品の反応も鈍いらしく、来年の正式グランドオープニングを待たずして、この高額なプロジェクトは、失敗と判明した形だ。

中国の興行成績の正確性にも疑いが

 ワンダをはじめとする中国企業が、突然にしてハリウッドでの爆買いをやめたのには、中国政府からの牽制も大きい。海外に大量の現金が流れていることだけでなく、その対象が、映画やテレビという、言ってみればハードではなくソフトであることも気に食わないようで、政府は、中国の各大手銀行に、ワンダが海外の娯楽産業を買収するためのお金を貸さないよう通達したと報道されている。ワンダ側も、中国のメディアに対し、「政府が言うことに従い、国内の投資に専念することにしました」とコメントを出した。

 昨年、王健林はパラマウントの49%を買おうとし、かなわなかったのだが、その後にも、 「ハリウッドのメジャースタジオを手に入れたい」との野望を語っている。ワンダがゴールデン・グローブ授賞式番組を製作するDCPを買収したと発表された時には、「アメリカのメディアが中国のプロパガンダに利用される」と、政治家たちが懸念を表明した。しかし、結局ワンダはお金を工面できず、DCPを手にしていない。 中国企業から多額のお金を約束されながら実現しないままに終わっているケースは、ハリウッドにほかにもある。政治家の懸念は杞憂に終わり、中国マネーに夢を見せられた業界関係者は、がっかりさせられることになったわけだ。

 それでも、北米に次いで世界2位の映画市場となった中国が大事な存在なのはたしか。だが、そこにもついに焦点が当てられ始めた。先月、アメリカ映画協会(MPAA)は、会計事務所に、中国の興行成績の監査を行うよう依頼している。中国は、外国映画に対し、興行成績の25%という、相場よりずっと低いパーセンテージしか支払わないのだが、その興行成績自体も正確に報告していないのではないかと疑われているのだ 。たとえば、2015年の「ターミネーター:新起動/ジェネシス」では、この映画のチケットを買った人が中国のプロパガンダ映画も無料で見られるようになっており、売り上げは中国映画のほうに計上されたことが発覚している。

 この監査の要望は、MPAAに所属する業界関係者らのカンフェレンスコールで出てきたとのこと。流れが変わっていく中、みんなが実は胸のうちに秘めていた不満が、噴き出してきたのかもしれない。中国の言うことを真に受けて踊らされていたのは、昨年の話。これからは、疑いの目も持ちつつ、地に足をつけてつきあっていく番だ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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